朝からずっと店舗で動き続けて、従業員が帰ったあとの静かな店内。私はおもむろに、店長デスクでパソコンを開きます。シフト表と、従業員それぞれの予定表を並べて、にらめっこが始まる。
今の私は、2店舗を任される立場です。だから2店舗分のシフトを作らなければいけない。両方の店を行き来しながら、「自分がどちらにどう入れば回るのか」を考えているうちに、時間はあっという間に過ぎていきます。
シフトは、終わらないパズル
シフトづくりは、パズルのようなものです。ここを埋めればあそこが足りなくなる。この人を動かせば別の日が崩れる。なかなかうまくハマらなくて、「どうしよう」と悩んでいると、それだけで時間がどんどん取られていきます。
深夜で、誰もいません。正直に言うと、つい携帯に手が伸びます。動画やSNSを見たくなる。でも、一度見てしまうと延々とそっちに気を取られて、時間がいくらでも溶けていく。だから「シフトが終わったら見よう」と自分に言い聞かせて、我慢して画面に戻る。そうやって、終わらないパズルと向き合い続ける夜があります。
40歳前後の私は、それが嫌で嫌でしょうがなかった
その時間が長くなれば、当然、終電が迫ってくる。次の日も勤務がある。寝る時間が削られていく。
40歳前後の頃の私は、これが本当に嫌でした。眠かったし、負担でしょうがなかった。足りない分を、自分の時間を削って、なんとか埋めようとしていた。終わらないものを、気力で終わらせようとしていたんだと思います。
今は、「できる範囲でやる」と決めている
それがいつからか、変わりました。
今は、休みの日にまで持ち込んでやろうとは思いません。業務の日に、その時間の中でできることだけをやる。そして、もしできなければ——それが今の自分の能力の限界なんだ、と思いながらやるようになりました。
自分の時間を削ってまで100点に近づけようとは、もう考えていない。決められた時間の中で出せるパフォーマンスを、しっかり出す。そういうメリハリのつけ方に、自然となっていったのかもしれません。
なぜ、そう思えるようになったのか
一つは、クオリティには終わりがないと、ようやく腹落ちしたからです。100%を目指そうと思えば、どこまでもキリがない。しかもシフトや稼働計画というのは、どれだけ完璧に組んでも、当日になればその通りにはいかないことが多々ある。それなら、80点のものを期限内に、できるだけ早く出していくほうが大事なんです。
不思議なもので、それができているときほど、心に余裕が生まれます。そしてその余裕を、本当に時間をかけたいこと——店舗の運営や、人を育てること——に回せるようになる。
もう一つは、人からの評価です。43歳くらいまでは、評価されないと焦っていました。でも、だんだんと自分の得意と不得意が見えてきた。私はどちらかというと、現場や人との関わりに強みがある。その反面、計画を期限内に作り上げて、人をその通りに動かしていくことには、あまり楽しみを感じられないし、得意でもない。会社が評価するのは、まさにその後者の力です。それが苦手だと認めるのは、正直、簡単なことではありませんでした。
ただ、その限界を直視した上で、それでも自分が今ここに立てている理由が、少しずつ分かるようになってきた。現場で人と組織を作れるからこそ、会社はこの場所に自分を置いているんじゃないか。そう思えるようになった。43歳までの私は、たぶんそれが分かっていなかったんだと思います。
とはいえ、きれいに割り切れてはいない
こう書くと、ずいぶん達観したように聞こえるかもしれません。でも、そんなことはなくて。
休みの日に、仕事のことを全く考えていないかというと、正直そうでもない。頭の片隅では、やっぱりあれこれ考えている自分がいます。きれいさっぱり割り切れているわけではないんです。
それでも、限界を認められるようになった
昔の私は、「できない」を認めることは、負けを認めることだと思っていました。だから時間を削ってでも、気力で埋めようとした。
でも今は、「これが今の自分の限界だ」と認められるようになりました。そして不思議なことに、認めてしまったほうが、かえって心が軽くなった。自分がどこで力を発揮できて、どこは苦手なのか。それを引き受けた上で、残った力を、仕事の外にある大切なもの——家族や、趣味や、こうして書くことに——回せるようになった。
50を手前にして感じているのは、無理をして体や心を壊してしまったら、その先の人生のほうがずっと大変だ、ということです。だから今は、健康を害さずに、程よく働く。そのために「できなければ、それが今の自分の限界」と思えることは、逃げではなく、長く働き続けるための一つの技術なのかもしれません。

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